Browsing: 貴腐ワイン

シャトー・ダルシュは美しい。シャトーの前をなだらかに下るブドウ畑、その向こうにたたずむ教会。大空に広がる夕焼け、そして霧が上がってくる朝焼けもまた、息を飲むほど美しい。刻々と空と光の具合が変わる目の前の景色のように、繊細な優美さがここにある。 有名なシャトー・ディケムの目と鼻の先にあるシャトー・ダルシュは16世紀からソーテルヌにあり、2級に格付けされている。畑が美しいのは立地の良さだけでなく、ここを守る人たちの努力があってこそ。 シャトー・ダルシュはブドウ畑も含めて、環境マネンジメントシステムのISO14001を取得しているという。40ヘクタールも広がる畑には様々な草を生やし、除草剤は使わない。畑を歩くと風が非常に心地よく、蝶や虫も飛んでいる。自然と身体がゆるみ、そのまま寝ころびたくなるような居心地のよさ。ブドウ畑だけと虫だけでなく、訪れた人たちも喜ぶようにと畑の中にはところどころに看板があり、スマートフォンを使って音声ガイドが聞ける仕組みになっている。心地よい空間の、くつろげるもてなし方はシャトー併設のホテルでも同じ。シャトー・ダルシュのホテルでは天井の高い部屋で高級感ある厚手のカーテン、年代物の家具に囲まれ、夢のような時間を過ごすことができる。 ゆっくりと、ていねいに、時間をかけて、それがシャトー・ダルシュのやり方だ。「貴腐ワイン造りには時間がかかります。そもそも自然に貴腐菌がついてくれないことには始まりません。とはいえ20年以上ここにいますが、貴腐菌は毎年ちゃんとやって来るから不思議です。朝になるとあたり一面に霧が上がってくるのが見えますよ。それで貴腐菌がつくんです。収穫も全て手摘みだし、彼らに払うお金もいります。貴腐になると収穫量もぐんと減るし、儲かるワインではないですよ」と、経営者のジェロームさん。ソーテルヌにフォワグラ、というのは昔の話で最近ではソーテルヌといっても、いつ、何と合わせて飲めばいいのかわからない人も多いそう。貴腐ワインには「おじさまのワイン」というイメージが相変わらずついてまわり、全体的な需要は以前に比べてぐんと減ってるそうだ。それでもシャトー・ダルシュはソーテルヌを造り続ける。伝統的でしっかりとしたソーテルヌ、それからより若い世代に向いている、軽やかで優美なソーテルヌ。…

かつて、ボルドー地方はソーテルヌ、バルサック、セロン、ルピアックというアペラシオンの貴腐ワインの産地としても有名でした。黄金のワインと呼ばれた貴腐ワインは、今ではボルドーのブドウ耕作面積の3%しか生産されていません。 かつてのフランスではこうしたワインは非常に一般的でした。日曜の長い昼食の際、フォアグラやロックフォール・チーズとともに味わっていたのです。けれども、太るのではないかという不安や、砂糖の添加によってべとつく食感の低質なワインも出回り、次第に敬遠されていってしまいました。 とはいえそれは正当な評価ではありません。なぜなら自然な状態でできた貴腐ワインというのはエレガントで比類のない繊細さがあるからです。 貴腐ワインを生産するのは、他のワインよりよっぽど手間がかかります。収穫用の機械を使うなんて考えられません。ボートリティス菌がブドウに均質についてはくれないため、同じ場所での収穫を何度も行う必要があるからです。収穫は3度回ほど、段階的に続きます。ボートリティス菌は一般的なワイン生産者には恐れられるものですが、貴腐ワイン生産者にとっては別物です。しっかりチェックを重ねていれば、セミヨンやソービニヨン、ムスカデルについた貴腐菌は、酸を減らし、糖分をギュッと凝縮させてくれるのです。 収穫したブドウをタンクに移した後は3回ほど、段階的にブドウを圧搾します。いつだって最終回のものが糖分を最大限に含んでいます。それからステンレスタンクまたはフレンチ・オークの新樽でゆっくりと熟成させないといけません。…

シャトー・ピアダはバルサックにひっそりとたたずんでいる。13世紀から続く歴史、素晴らしい貴腐ワイン、どこをとっても温かみのあるアーティスティックな外観。けれどもシャトー・ピアダは主張しない。まるで自分の価値を認めてくれる誰かがいつの日かやって来るのを、大した期待も抱かず待っているかのようだ。 オーナーのフレデリック・ラランドさんはこの先の予定について「まあ定年になったら売るかもね」とそっけなく語る。その語り口からは想像もできない程に味わい深いワインがここにある。 どこまでも続く目の前の平地には8ヘクタールの畑が広がっている。畑に足を踏み入れると驚くのはブドウの質だ。貴腐ワインって黒ブドウだったかしら?と思うほど、白ブドウだったはずのブドウが均質に黒くなっている。貴腐菌がついたブドウは、粒ごとに成熟具合がまちまちということはなく、しっかり一房上手に色が変わっている。粒のまわりはほこりのような灰色の菌で覆われている。手で収穫したブドウを背負い籠から大きな容器に移し替える時、付着した菌が舞い上がり、そこにはぶわっと煙があがる。フレデリックさんいわく、「煙がでるのは美味しい証拠。」シャトー・ピアダではブドウの中身がジャム状になったものしか収穫しないため、収穫を5回ほどにわけて行うそうだ。 …

シャトー、という名にふさわしい、18世紀の大きな建物の前では大きな黒い犬が迎えてくれる。その後に続いて大扉からゆっくり姿を現したのがキャロリーヌ・ペロマさん。 「ここは50年代に義父が買ったシャトーなんだけど、私たちが1年前に買い直したの。夫は父親のもとで30年前からブドウづくりに関わってるわ。私も昨年から本格的に始めたの。ワイン生産者になってよかったこと?そうね、家族が喧嘩しないでよくなったことかしら」と笑う。シャトー・セロンはすでに26ヘクタールものブドウ畑があり、赤ワインと白ワイン用ブドウを半々で育てている。お義父さんの代には輝かしい時代があったそうで「私たちの役割はもとあったいい状態にまず戻すこと。」そのために二人は醸造所を改良し、新しく醸造スタッフを雇い、シャトーの裏庭にはメルローの樹を植え直した。 収穫真っ最中の畑では、夫のグザビエさんがブドウについて教えてくれる。「貴腐菌がつくと糖分が2倍に増えて、ブドウの果汁が2分の1に凝縮するんです。貴腐ワインのためには凝縮した沢山の糖分が必要です。見分けどころが肝心で、皮が縮まって、でも破れない程度というのが大切です。汁が出てもだめだし、乾燥しすぎてもいけない。」乾燥して小さくなったブドウはまるで干しぶどうのようだが、口に含むと上品な甘みが口いっぱいに広がってくる。 ボルドーの左岸に位置し、皮のすぐ横手にあるこの畑はまるで日本のような湿気がある。貴腐ワインができるのは、シロン川がガロンヌ川に合流する際の温度差で霧ができるから。このあたりは朝は霧に包まれ、空気中に湿気が残る。それが自然と貴腐菌の繁殖を促してくれるのだ。土壌は茶色く湿気を含み、石灰質土壌の表面には沢山の丸い石が現れている。「一口に貴腐ワインといっても畑の場所の違いで風も違えば日当りも違う。うちの畑でできたワインはフレッシュでミネラル感があるんです。」とグザビエさん。 シャトーの中には趣のある試飲ルームがあり、一般にも開かれている。試飲を進めていくと、確かにシャトー・セロンスで特徴的なのはミネラル感だとわかる。貴腐ワインの「シャトー・ド・セロン 2007」は、口に含むとしっかりとした甘みを感じるものの、そのあとミネラル感が残る。男性にも愛されそうな後味だ。「このワインは料理がなくてもそれだけで飲める、シャンパンみたいに特別感のあるワインなの」と語るキャロリーヌさん。シックな佇まいの夫婦があえて長靴をはいてつくるワインは意外にもリーズナブル。シャトー・セロンスのワインは日本にはまだ輸出してないが、2013年11月前半のSopexa主催のグラーブワイン試飲会にて味わえる。…

2013年11月末、赤坂のインターコンチネンタルホテルにて、「ユニオン・デ・グラン・クリュ・ド・ボルドー試飲会」が開催された。 ユニオン・デ・グラン・クリュ・ド・ボルドーは、1973年にボルドー地方の名門シャトーが、ともに力を合わせてフランスはじめ、世界中で自分たちのワインを広めるためにつくった団体。現在では格付けシャトーを中心とする134のシャトーが加盟している。東京会場には108のシャトーの生産者や代表者が来日し、2010年のワインを振る舞っていた。ホテルの巨大な宴会場は見渡す限りグラスを手にした人の山で、一歩歩けば誰かにぶつかりそうな程。4時間のイベントには約900人ものワイン関係者が訪れた。 選りすぐりのワインだらけの会場内でも、特にハッとさせられたワインにいくつか出会った。1つ目はボルドー地方、シャトー・マルゴーで有名なマルゴー地区の、「Château Lascombes シャトー・ラスコンブ」。こちらは1855年に2級に格付けされたシャトー。 シャトー・ラスコンブ、2010年の赤は、ボルドーの上質なワイン特有の香りがふわりとグラスからたちのぼる。口に含むとタンニンはしっかりしているのに女性的な柔からさがあり、非常にエレガントで、口一杯に香りが広がる。こちらの品種はメルロー50%、カベルネ・ソーヴィニヨン45%。シャトー・ラスコンブは118ヘクタールものブドウ畑をもつ、メドック地区で最大のシャトー。…

なだらかに続く坂をどこまでも上がっていくと、ようやくシャトー・ドーフィネ・ロンディロンの看板が見えてくる。標高約100メートルのルピアックの丘で、サンドリンヌ・ダリエ=フロレオンさん生産するのは貴腐ワイン。  「貴腐ワインは、ブドウの皮にボートリティス・シネレアっていう菌がついてできるのよ」と貴腐の進み具合が描かれたボードを片手に説明してくれる。「でもこれより畑に行った方が断然わかりやすいわよね?」と案内されたブドウ畑には白ブドウ、セミヨンが美味しそうに熟していた。セミヨンは白ブドウだが、貴腐菌がつくとはじめは小さな黒点がつき、だんだんとその範囲が拡大し、最後には黒ブドウのような外観になる。 「皮の厚さをよく見てちょうだい。普通に熟しているのに比べて、貴腐菌がしっかりついているのは皮が薄いでしょ。皮がタバコの巻き紙みたいに薄くなって、中の糖分が凝縮してジャムのようになっているのがいいブドウ。でも皮が破れて汁が出たら駄目なのよ。」ブドウを試食させてもらうとこれが自然の味かと驚くほど甘い。収穫中の畑を歩き「これはいい、これはまだダメ」と房ごとにチェックする彼女。一房ごと、いや一粒ごとに貴腐菌の成熟度合いが違うため、人の目でしっかりと確かめないと収穫は不可能だ。「だから収穫にはすごく時間がかかるのよ。天候にもすごく左右されるしね。同じ畑でも成熟度合いに応じて3回くらい収穫するの。あんまりに大変だから、今は辛口白ワインをメインにする生産者も増えてるわ」 年代物の家具に囲まれた自宅のサロンで昼食とワインをいただいた。はじめに出されたのは「Château Rouquette…