ブラッセリー ウェプレール

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Le Wepler

「クリシー広場の隣に、長い間私がひいきにしていたカフェ・ウェプレールがある。私はいつもここの店内かテラスに座っていた。ここはまるで一冊の本のようなのだ。ボーイたちや支配人たちの表情、レジ係や娼婦たち、常連達の表情、それにトイレ番の女性の表情でさえ、私が毎日読んでいた本の中の挿絵のように、わたしの記憶の中では重要なものたちなのである。」

これはヘンリー・ミラーの小説、『クリシーの静かな日々』からの引用です。ヘンリー・ミラーはアメリカ人の小説家で、作品中の奔放なエロティズムと、アメリカのピューリタニズムに対する絶えざる挑発で知られており、彼の作品はアメリカでは長い間発売禁止になっていました。この自伝的小説は、1930年代のモンマルトル界隈、とくに彼がパリでのボヘミアン生活時代にいきつけにしていたカフェ、ウェプレールを舞台として展開されています。彼は小説の中で、ここでの数々の情熱的な出会いを描いています。

それから90年程がたち、ウェプレールは今でもかわらず、大型客船の船首のように、クリシー広場にそびえ立っています。50年代には、残念ながら、隣の映画館をつくるために、ダンスホールとビリヤードのアカデミーは閉鎖されてしまいました。とはいえ、ウェプレールを愛し、踊り、ここで本を読み、ずっとこの場所で飲んできた客たちは忠実に残っています。実際、この偉大なブラッスリーの中には、無傷で残った、他にはない何かがあります。それは、大手のチェーンの傘下に次から次へと入ってしまった他のパリのカフェではもはや味わうことのできない誠実な香りといえるでしょう。

ウェプレールは現在でも、右岸のあり方を伝える学校なのです。

人々は様々な理由でウェプレールを訪れます。牡蠣売りのエミールによって用意され、有名になった牡蠣や、海の幸を楽しむために来る人。また、同様に、ホタテのポワレのサフランソースあえや、リゾットとキノコのスズキのフィレや、ザリガニとヒラタケの料理や、塩味のきいた牛肉のフィレなど、この有名なブラッスリーの料理を味わうためにやってくる人もいます。雰囲気を求めてここに来る人、誰かとの出会いを求めてやってくる人もいます。

ウェプレールというアルザス風の名前の響きからは、25年前からこの店が、プリュイヌやムレという地方出身のブシエール兄弟というアベイロン県出身者の手に委ねられているとは想像できません。

ミシュル・ブシエール氏は、今日のウェプレールの運命を握っている、信頼のおける人物です。彼は、この偉大な店を他とは異なる店、つまりはかない流行を追う事に抵抗し、かつての面影を認めさせてくれる場所にしている全ての特徴を守ろうとしているのです。

伝統の範疇といいうるかもしれない、ウェプレールの唯一の改革、それは、左岸の同類、サン=ジェルマン=デ=プレのブラッスリー・リップとドゥ・マゴにならって、文学賞を創設したことです。この賞は、郵便局の基金と協力している、モンマルトルの本屋の支援を得てつくられました。この賞は、ウェプレ―ルの雰囲気がしみこんだ長椅子の上で、小説の筆をすすめていった全ての小説家達への、文学界でのお返しなのです。

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