イタリアのエスプレッソが美味しい理由 Espresso Italiano

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東京の街角で美味しいエスプレッソに出会うのは至難の技だ。イタリアでエスプレッソに開眼し、日本でも同じ喜びを味わおうと思った途端、なぜこのささやかな願いを満たすのがこんなにも困難なのかという疑問にぶちあたる。イタリア製のマシーンは至る所に存在し、今時カプチーノが飲めないカフェのほうが珍しい。昔からコーヒーのうんちくを語る人も多く、カフェのガイドブックは毎年何冊も出版されている。それなのに、なぜ心から美味しいと思えるエスプレッソに出会うことがこうも難しいのだろう?

10月9日にACCI GUSTOで開催された、国際カフェテイスティング協会日本による「イタリアの遺産・エスプレッソ」セミナーは、長年のこうした疑問を解決してくれた。一言で言えば、エスプレッソは簡単そうに見えて非常に奥が深いということだ。イタリアで誕生したエスプレッソの文化を担うには熟練した技術と深い知識が必要であり、きちんとした基盤があってこそ、一杯で人を幸福にさせる味が作り出せるというわけだ。

イタリアで発足した国際カフェテイスティング協会(IIAC)は、イタリアのエスプレッソを検証し、定義すること、そしてエスプレッソをきちんと抽出できる人の人材育成を目的として創られた協会だ。IIACによれば、エスプレッソ・イタリアーノの特徴は主に2つあり、1つ目は豆をブレンドすることである。ここ数年、日本でもスペシャリティ・コーヒーやサード・ウェーブの影響で、コーヒー豆も、ブルゴーニュワインのように、単一品種、単一の産地のものをシングル・オリジンで飲むことが流行し、それこそがよいという風潮がある。そんな中でも、エスプレッソの本場、イタリアは、豆をブレンドすることにこだわり続けているという。数々のブドウ品種をアッサンブラージュさせ、ブレンドによる絶妙な味わい深さを作り出すボルドーワイン同様に、イタリアのエスプレッソにもブレンドの美学が貫かれているからだ。実は、イタリアでも150年前までは単一品種の豆を使用していたのだが、シングルオリジンでは複雑な味わいや余韻がどうしても生み出せないとわかり、ブレンドの伝統が生まれていったのだという。ヴァイオリンやチェンバロ、チェロなどの音が美しく重なり合うことで絶妙な深みが生まれる交響曲のように、ブレンドには様々な味わいの良さを引き立てあってバランスをとるという美学がある。イタリアでは世界的に評価の高いアラビカ種だけでなく、ボディ感のしっかりしたロブスタ種も使用するという。「日本ではロブスタ種というと缶コーヒーに使われる質の低い豆というイメージがありますが、素晴らしい品質のロブスタは質の低いアラビカよりもよほど優れているのです」とIIAC理事の横山千尋さん。アラビカ種の余韻、抑揚に、ロブスタ種のビターさ、パンチがあることで、特徴あるブレンドになるという。イタリアでは基本的には5種類以上の豆をブレンドし、13種ほどブレンドするメーカーもある。

エスプレッソ・イタリアーノの2つ目の特徴は焙煎である。日本の場合イタリアン・ローストというと、一番深く焙煎したものを指すのに対し、実はイタリアでイタリアン・ローストというと浅煎りと深入りの中間程度の焙煎なのだという。焙煎において大切なのはチョコレートを思わせる香りを生み出すことである。イタリアのエスプレッソはギュッと凝縮した味わいがあるものの、意外にあっさりしており、さらりと飲めてほとんど胃もたれすることがない。日本の場合は豆を深入りしすぎ、そのために酸化も早まり、酸化した状態の豆でエスプレッソを抽出している可能性があるという。日本で経験しがちな、砂糖を入れたところでごまかしのきかないエグミやきつい酸味は、そのあたりに由来しているようである。

イタリアのバリスタは瞬時にエスプレッソを淹れていくため、簡単な仕事のように見えてしまうが、実際には理想的なエスプレッソは、豆は7g±0.5g、抽出温度は67℃±3℃など、かなり細かく規定されており、ほんの些細な違いが味に影響するという。IIACではきちんとしたエスプレッソを抽出できるバリスタを養成し、INEI(イタリアエスプレッソ協会)は優れた豆と優れたマシーンを認定する。その三拍子が揃った店は、エスプレッソ・イタリアーノというラベルを取得することができ、イタリアのエスプレッソ好きの間では、知らない土地へ行っても、このラベルのある店なら大丈夫という指標になっているという。人を感動させ、幸せにするようなエスプレッソは、簡単にできるように見えて、実際には優れた豆と機械、きちんとした経験を積んだ人材の3つが揃ってはじめて完成するのである。寿司職人がいとも簡単に寿司を握っているように見えて、どの店に行くか、その店の誰が握るかによって味に差が出るように、素人目には簡単そうに映るエスプレッソを淹れるのも、実際には高度で熟練した技術と選び抜かれた素材が必要だということだろう。こうしたこだわりがあってこそ、エスプレッソは味にうるさいイタリア人たちの中で生き残り、イタリアの文化といわれるまでになったのだ。東京の街角でも、いつの日か本当に美味しいエスプレッソが当たり前に飲める日が来るだろうか。カウンターでエスプレッソをさっと立ち飲み、その美味しさとともにまた頑張ろうとやる気になれる、そんな場所が少しでも増えることを願ってやまない。

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