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ブラッスリー・ウェプレールは より美しくなるために改装中。2026年9月にオープン予定 ウェプレールはパリの歴史あるブラッセリー。モンマルトルの丘の麓、クリシー広場に面した場所で100年以上続くこのブラッセリーは、画家のピカソやロートレック、マリー・ローランサンにシュザンヌ・ヴァラドン、それに詩人のアポリネールやアメリカ人のヘンリー・ミラーのような小説家たちが好んで訪れる場所でした。 ヘンリー・ミラーは小説『クリシー広場の静かな日々』で、ウェプレールについて書いています。「クリシー広場の横にあるカフェ、ウェプレールは長いこと私のお気に入りの場所だった。私はいつも店内かテラスに腰をおろしていた。私にとってこの店は1冊の本のような存在だった。ギャルソンやディレクター、会計係や売春婦たちや常連たちの表情、それにトイレ係のおばさんの表情に至るまで、まるで毎日読んでいた本の挿絵のように私の脳裏にしっかりと刻み込まれているのである。」 ブラッセリー・ウェプレールにはセルジュ・ゲーンズブールや娘のシャルロット・ゲーンズブールも頻繁に訪れました。現在でもアーティストや映画関係者たちを惹き付け、彼らの出会いの場として機能しています。というのもこの店には、他の場所では感じることのできない、昔から変わらぬ独特の雰囲気があるからです。…

東京がコロナから立ち直り、日常を取り戻しつつある11月1日、帝国ホテルの名店「ラ ブラスリー」が1年7ヶ月の時を経てリニューアルオープンした。1983年に誕生した店のリニューアルにあたり、深紅のソファやミュシャの壁画に彩られたアール・ヌーボー調の空間はそのままに、本場パリのブラスリーのような気取らない雰囲気の中、心ゆくまで料理とワインが楽しめるというオープン当初のコンセプトに立ち返り、メニューを一新したという。パリではビストロやブラスリーは気軽に行って肩肘張らず、ワイン片手に食事と会話を楽しむ場所である。13年間パリに滞在していた杉本東京料理長の監修のもと、新生ブラスリーはより本場の雰囲気に近づいた。 今回のメニュー改定の大きなポイントは、つけあわせをなくしたことだ。巷でSDGsも騒がれているが、帝国ホテルはかなり真剣に食品ロス削減に取り組んできた。そのため、付け合わせの食べ残しを防ぎ、サイドメニューのサラダやココットは好みに合わせて別途注文する形にしたという。また、肉は肉の味わいを、海老は海老の味わいというように、食材の良さをダイレクトに味わうことも大事にしている。11月に新たにオープンした日本料理店「帝国ホテル 寅黒」の協力もあって、豊洲市場から新鮮でとびきり美味しい魚が手に入るため、魚料理もおすすめだ。つけあわせがないことで、テーブルにはサイドディッシュなどが所狭しとならび、机の上も少し混み合った雰囲気になる。ワイワイ、ガヤガヤした気軽な雰囲気を食卓の上からも味わってほしいため、あえて意識したという。 帝国ホテルの食品ロス削減や環境対策への取り組みは真剣で、野菜も契約農家から、鮮度や品質に問題がなくても規格外で市場に出せないものを優先的にまわしてもらい、サイドディッシュにするという。また、ホテル館内で出た残りの食材を上手に再利用した「サステナブルソルト」も数年前から制作している。ポテト料理を作るときに不要となる皮をローストしたパウダー状にしたものや、イチゴの季節に大量に不要となるイチゴのヘタをオーブンでローストし、トマトのような香りになったものとオーストラリアのシャークベイソルトを混ぜて作っている。帝国ホテルだけあって味はさすがに秀逸で、ポテトの皮のサステナブルソルトは、グリル野菜にかけただけでも非常に美味しくなりそうだ。(ガルガンチュワで不定期に販売)…

1931年に、マルセラン・カゼズはエコール通りのブラッスリー・バルザールを購入しました。バルザールはリップほど有名ではないけれども、真の顧客たちを彼に与えてくれるマダム・カゼズの指導のもとで、左岸における、学生たちやインテリたちの集う施設となりました。  1934年に顧客の一人がカゼズ賞をつくることを提案したとき、賞金は当時の金額で10万フランでした。1935年につくられたカゼズ賞は今日でも続いています。