貴腐ワインと梅干しのマリアージュ?そんなことを口にしたら日本人は笑い出し、ソムリエには怒られそうだ。でもそれが突拍子もない冗談ではなく、貴腐ワインと和食のマリアージュに情熱を注ぐ生産者の言葉だとしたら?
サンドリン・ダリエさんはボルドー地方、ソーテルヌの対岸に位置するルピヤックで貴腐ワインを造る生産者。彼女が育ったシャトー・ドーフィネ・ロンディロンは8世代前からワインを造る歴史あるシャトー。こちらは1952年にエリゼ宮所蔵のワインに選ばれるなど、繊細で優雅な味わいの甘口ワインを生産することで知られている。日本でも漫画『神の雫』をはじめ、数々のメディアに登場。日本からの眼差しも熱いものだが、彼女の日本への造詣も深く、来日回数は10回以上。日本で何かを味わう度にこれはうちの何年のワインに合う、これはもっと熟成を重ねたものに・・・と味わいを確認し、頭の中でマリアージュを計算していく姿勢は真剣そのもの。
そんな彼女が9月末にルピアックのシャトー・ドーフィネ・ロンディロンにて提案したのが普段づかいの和食と貴腐ワインとのマリアージュ。「2006年にワインの瓶を抱えて来日して以来、日本とは本当にいい関係を築いていくことができました。今回は私たちのワインが日本でどのように紹介されているか、また、ルピアックがいかに和食に合うかということをフランス人に知ってもらいたかったんです。」屋外のテーブルで日本の話に耳を傾け1989年の琥珀色したルピアックを頂いた。夫のダビッドさんが「20年経った今でもまだフレッシュさが感じられる・・・」と驚きを隠さぬように、繊細な甘さだけでなく、心地よく柔らかな酸味がある。味わいをかみしめてみると、このワインには干し梅を思わせる柔らかい甘味と酸味とがあり、梅干しと貴腐ワインというのがまんざら冗談ではないのかもと思えてくる。
室内に招かれると待ち受けていたのは数々の日本のおつまみ。わさび入りの小さな煎餅、梅入り酢昆布、揚げ銀杏、梅干しに干し梅・・・近所のスーパーで買えそうなおつまみにあの高貴な貴腐ワイン?と日本人なら驚いてしまうだろう。高名なソーテルヌ同様に生産されるルピアックの貴腐ワイン。私たちにとってはまだ貴重で遠い存在の貴腐ワインと、普段使いで気にもとめないようなものを合わせてしまってよいのだろうか?「フランスでも貴腐ワインといえばクリスマスや新年に飲む特別なものと思っている人が多くいるのが現状です。でも貴腐ワインだからといって何も高級フレンチや高級和食に合わせる必要はないんです。今日はもっと日本人の日常に根付いた食品とも合うと伝えたかったんです。」確かにこのわさびと合わせると辛さが和らぐわね・・・とフランス人達が語る横で、おそるおそる梅干しに手を伸ばす。彼女が選んだ梅干しは、酸っぱくて口をすぼめてしまうような梅干しではなく、肉厚で高級感があり、まろやかな味わいで甘味を感じる塩分控えめのもの。梅干しをそっとかみしめ、2011年の「Cuvée Classique キュヴェ・クラシック」を口に含むと梅干しの甘みが引き立ってくる。確かにこれは悪くない。そんな中、何より衝撃的だったのは干し梅とルピアックとのマリアージュ。干し梅は温泉のお土産売り場でみかけるような果肉の弾力を感じるのもの。キュベ・クラシックのやさしい甘さと少しの酸味、そして干し梅ともに甘み、酸味のトーンがほぼ一致しており、どちらも口の中をより一層のやさしさで満たし、より幸せな味わいが時間が生まれていく。日本人やフランス人の固定観念をとりはらい、ひたすら真のマリアージュを追究していくサンドリンさんの真摯な姿に思わずあっぱれと言いたくなった。
しかし彼女の追究はそれだけにはとどまらない。アペリティフの後は梅干しやゆずをつかった和食の時間。ボルドーで和食の出張料理人をしている櫻井純子さんを招き、お寿司、柚子胡椒風味の焼き鳥、冬瓜と海老の煮物など、フランスではめったに味わえない食材を使った料理と貴腐ワインとのマリアージュに挑戦。昆布すら手に入れるのが難しいフランスにて自ら鰹節を削るという彼女の料理には和食特有のうまみがあり、このうまみと »Cuvée d’Or キュヴェ・ドール 2009″の深みのある味わいが絶妙なハーモニーを奏でていた。
アペリティフ、メインと続けばデザートが来るはずだが、冒険はまだ続く。彼女は50年に1度しかできないというワイン、2009年の »Cuvée d’exception »(キュベ・デクセプション:例外の意)をお茶菓子に見立て、抹茶とともに味わうことを提案する。彼女の依頼を受けて、筆者がお茶のお点前をし、お茶会風の雰囲気に。まずはデザートの代わりに貴腐ワインが配られ、それから抹茶との相性を探る。とろりとしてとろけるような甘みに満ちた、まさに最高のキュヴェ・デクセブションは、お抹茶の苦みをやわらげ、なかなか合うねと好評だった。50年に1度の貴腐ワインを片手に、ボルドーの歴史あるシャトーにて日本のお茶会気分を味わえる・・・薄暗くぼうっとした雰囲気の中「まるでベルサイユにみたい・・・」と一人のジャーナリストがつぶやいた。素晴らしいものをどこまでも追究していくサンドリンさんのまわりにはその姿勢や美意識に共感する人たちが集まって、また新たな発見が生まれていく。ベルサイユのような夜が明けると、ルピアックの丘には美しい朝霧が立ちこめる。その霧がブドウに貴腐菌を付着させ、ブドウの糖が凝縮し、その糖分のみで造った甘口ワインが出来上がる。翌日から収穫という兄のジャン・クリストフさんは「今年は最高のワインになるよ」と保証する。
50年に1度のビンテージワインから、日常づかいにできる貴腐ワインまで。ボルドーには年代物の貴腐ワインだけがあるのではなく、毎年訪れてくれる霧と貴腐菌のお陰で年々新しいビンテージが誕生する。一口飲んだだけでも幸せな気分になれる天然の甘口ワイン。貴腐=高級、特別という発想だけでなく、是非彼女のように普段の和食にルピアックを合わせてみてほしい。(Miki IIDA)
シャトー・ドーフィネ・ロンディロンの貴腐ワインはヴィノラムのウェブショップ(http://cdvinorum.com)などで購入可能。