11月1日、六本木の割烹小田島で、ボルドー甘口ワインと和食のフードペアリングセミナーが開催された。日本で貴腐ワインというと高価なデザートワインで特別な時に少しだけ飲むようなイメージだ。しかし、産地では1本1500円程度のワインが多く生産されており、意外なことに和の食事と合わせるのに向いている。デザートワインだけじゃない、そんな姿を伝えるために、収穫真っ最中のボルドーから生産者たちが来日した。
「ボルドー甘口ワインの品種は白ぶどうのセミヨン、ソービニヨン・ブラン、ムスカデル。貴腐ワインの鍵となるのは秋の朝、2つの川の合流地点から上がってくる霧で、その霧の湿気によってボートリティス・シネリア菌がブドウに付着し、ブドウを凝縮させるんです。菌の発展段階は場所やブドウによって違うため、収穫も3〜5回にわたって、熟練した者たちの手を借りて行います。とても貴重なワインなので、1本のブドウからとれるのはたったグラス1杯程度」と生産者協会代表のエマ・ボードリーさん。とはいえ、貴重だから消費者の手に届かないというわけではなく、今年もボルドーの10のAOCで5500社が甘口ワインを生産中だ。一番有名なのはソーテルヌだが、それ以外にもバルザック、ルピヤック、カディヤックなど、日本での知名度はまだまだとはいえ、素晴らしいワインを手頃な価格で販売している地区が多くある。
今回のマリアージュを提案したのはソムリエの大越基裕さんと、ワインと和食のマリアージュで知られる割烹小田島の小田島大祐さん。大越さんは「一言でスイートワインにはこれが合うとは言えない」と強調。甘口といっても甘さの度合いや酸の度合いが非常に異なり、それぞれのワインにあった料理を考える必要があるからだ。一般に想像しがちな甘さの強い貴腐ワインだけでなく、2016年の若いワインなどはフレッシュな酸味があり、甘みと酸味のバランスが絶妙で、意外なことに、魚を使った和食との相性が抜群なのだ。例えば「鯛の昆布じめ ウニソース」に「シャトー・ド・マルサン 2016 プルミエール・コート・ド・ボルドー・エ・カディヤック」を合わせると、甘口ワイン特有のこくのある味わいに、脂ののった鯛とシャンパーニュで味付けされたウニの味わいがぴったりと合い、お互いの味わいを高め合う。来日した25歳の生産者、ギョームさんによれば、「このワインは40 %だけ貴腐菌がついた状態で収穫するため、柑橘系のフレッシュな酸味と甘みのバランスが特徴なんです。」こちらは熟成もタンクで行うといい、いわゆる甘口よりも白ワイン的要素が強く、繊細な和食に合わせやすい。
また、「イカの塩辛ゆず風味」に、先ほどより糖度が上がり、アンズのような甘みがある「パヴィリオン・ド・ルーケット 2014 ルピアック」を合わせると、口に広がる貴腐ワインの少しねっとりした食感と、イカの粘り気が絶妙に合う。ゆずが使われたこの料理が貴腐ワインにぴったりくるのは、甘さと酸味のバランスを楽しむゆずと貴腐ワインに相通じるものがあるからだろう。私たちが特に驚かされたのは馴染み深い和食、「鯵の南蛮漬け」と「シャトー・タネッス 2016 カディヤック」のマリアージュ。大越さんは甘口と和食を合わせるために、酸味や塩気、苦味を使ってワインの甘さを軽減すると語っていたが、まさに南蛮漬けの強い酸味がワインの甘みを軽減するだけでなく、魚特有の生臭みや後味もまるで感じない。よく考えるとレモンを使った料理や飲み物に大量の砂糖を加えるように、酸が強いものに甘みを加えることで、きつい酸味を中和するだけでなく、舌が喜ぶ絶妙なバランスをつくりだせるのだ。
こうした生粋の和食には日本酒か、白ワインくらいしか合わないかと思っていただけに、今回のマリアージュは新鮮な驚きだった。甘さだけでなく、酸味、うまみ、ふくよかさなど、様々な側面が貴腐ワインに存在することで、お互いのよさを高め合う様々なマリアージュができるのだ。貴腐ワインにこれだけのポテンシャルがあるとはいえ、まだまだ一般消費者がリーズナブルな貴腐ワインに出会うことは難しい。スイートボルドーの生産者たちは日本での販売促進を願っており、消費者もこれほどの味わいのワインがもっと気軽に飲めれば、とりこになるだろう。高級レストランだけでなく、近所のワインショップでもっと普通にボルドー甘口が手に入り、家で自分でも和食のマリアージュが楽しめる、そんな日が早く来てほしい。