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ロワールワイン生産者 パトリック・ボードアン Patrick-Baudouin

驚く程美味しいものに出会った時、何かが自分の中を駆け抜けていくのを感じたことはないだろうか。感動的な味わいに触発されて、思ってもいなかったイメージや言葉が突然流れ出してくる。もちろんそんな経験は滅多にできるものではない。

けれどもパトリック・ボードアン氏の貴腐ワインを口に含んだ瞬間に、イメージが頭の中を駆け抜けた。ロワールの古城の傍らで戯れる美しい貴族の女性達。さわやかな木陰で仲間とはしゃぎあっている・・・

ドメーヌ・パトリック・ボードアンはロワール地方のアンジュー地区にあり、辛口の赤、白ワインと甘口の貴腐ワインを生産。パトリック氏は2005年から有機栽培を実践し、ロワールではこだわりの人物として知られている。訪れた午前中は一帯が激しい霧に覆われており、100メートル先は何も見えない。「朝の霧はこの地の大切なミクロ・クリマです。霧と湿気があるお陰で貴腐菌が育まれるわけです。とはいえ、貴腐菌はリスクでもあり、辛口用の白ブドウにはいい効果をもたらしません。全てのバランスがうまく整った時、素晴らしいワインができますが、湿度が高いだけだとまずくなってしまいます。だから最高ランクの貴腐ワイン、キャール・ド・ショームは1樽しか造らなかったり、悪天候だった2011年は造ること自体を諦めました。」

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貴腐ワインは造るのが難しい。自然発生する貴腐菌がブドウの皮に付着した後、凝縮されて糖度が高くなったブドウを搾り、黄金色のワインが造られる。とはいえ、自然にまかせただけでは十分な糖度が得られず、人工的に糖分を加える生産者もいる。そんな中、パトリック氏は一貫して補糖しないという立場を守る。「ロワールではあと1年間、補糖する権利が法律で認められています。でも消費者の多くは補糖が認められているなんて知らずにワインを買うのです。合法的だとはいえ、貴腐ワインのコンセプトとして消費者を裏切っているようで、補糖したくないんですよ。」補糖するくらいなら造らない。いいものができなかったら諦める。計14ヘクタールという小規模生産で、良くなかったら造らないという選択は生易しいものではないはずだ。周りが何と言おうと自分のこだわりを貫き通すパトリック氏は、どの流派とも一線を画している。「有機栽培で、できるだけ自然なものにしているとはいえワインは文化でもあります。ワインとともに食卓を囲む人間の文化であり、長い歴史ある農業の文化です。何もかも自然にまかせる「ヴァン・ナチュレル」というワイン造りの潮流もありますが、何千本ものブドウを植えるワイン造りという行為自体がすでに「自然のまま」とはいえません。私は酵母は加えず酸化防止剤も最小限におさえた上で、テロワールの味をしっかりと表現できるワインを造りたいと思っています。」

 

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パトリック氏の畑は全て有機栽培で、丘陵地に位置するため、一人で作業できる面積はかなり限られる。それに対して同じAOCアンジュー内で、化学肥料を用い、平地で機械で収穫してできたワインの値段は平均7€。パトリック氏のワインと値段の開きがでるのは当然だ。「ロワールワインはコストパフォーマンスが高いなんて良く言われますけどね、私はそう言われるのが嫌なんです。そんなこと望んで造っているわけじゃないですからね。試飲してみて『ブルゴーニュより美味しい』なんて言いながら、値段を見ると『アンジューにしては高すぎる』ってね。」確かにパトリック氏のワインは20€前後とロワールワインにしては高級だ。しかし味わいは格別で、まさに彼が望んでいるように、ワインが語りかけてくる。


白辛口ワインの「エフジオン Effusion」は畑の小区画で栽培されたシュナンのみを使って醗酵、熟成させたもの。柑橘系の香りで口に含むと少し甘く、かりんのような味わいがある。小花柄のワンピースを着た繊細で軽やかな女性を思わせる雰囲気だ。白辛口の「サヴィニエール Savenières」はより辛口で、石灰や白い花の香りを感じる。とてもやわらかく、エレガントでロワールの広大な自然に包み込まれているような、優しい気持になれるワイン。

貴腐ワインはといえば、「キャール・ド・ショーム Quarts de Chaume 2010」は美しい琥珀色。口に含むとびっくりする程軽やかで華やかさがあり、優雅な貴族達が木陰で笑いながら戯れているのが聞こえてくる・・・柔らかく、心地よく甘く、どこまでも長く続く余韻が身体を幸せな気持で一杯にしてくれる。ロワールの広大な自然と、何もかもすっぽり包み込んでしまう霧。その霧の中でゆっくり育まれたワインは自然の恵みとは何かを教えてくれる。しっかりとした味わいのソーテルヌとはまた違う、軽やかで雲の上にいる心地になれるパトリック氏の貴腐ワイン。1本36€だが、そこには幸せな時間が凝縮されている。

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