10月31日、ペニンシュラ東京にて、キャンティ・クラシコのマスター・クラスが開催された。解説はイタリアワイン界の巨匠、宮嶋勲さん。よどみなく流れる関西弁で溢れるほどの知識を伝えてくれた。キャンティはイタリア、トスカーナ地方のフィレンツェと、カンポ広場で有名なシエナの間にまたがるワイン産地。
キャンティの特徴は生物多様性の豊かさで、7万ヘクタールの土地のうち、ブドウを栽培しているのは1割程度。約7割は森林で、オリーブ栽培なども盛ん。そのため他のワイン産地と異なり、あたり一面がブドウ畑という光景ではなく、オリーブや糸杉など、さまざまなモザイクがあり、まさに絵葉書のような美しさが広がっている。トスカーナはルネッサンスの時代、美しい風景を人工的に作り上げてそこに暮らすという熱狂があり、そのおかげで今でも感動するような光景が残っているという。
キャンティ・クラシコはトスカーナ地方のキャンティで生産されるワインのことで、黒ブドウのサンジョベーゼを80%以上使用。それ以外の20%はどんな品種を使用してもよく、サンジョベーゼ100%のこともある。キャンティはバローロやバルバレスコを生産するランゲ地区同様に、イタリアで最も優れたワイン産地として知られている。とはいえその名前にあえて「クラシコ」という名称をつけるのは理由がある。キャンティのワインはかつてから良質であることが知られ、もともと京野菜が京都産の野菜であったように、キャンティもその土地で生まれたワインを指していた。ところが知名度が上がるにつれ、大阪や滋賀産の京野菜ができてしまい、本家本元の京野菜が困ったといった感じで、キャンティと名乗る地区が広がりすぎたたため、本家本元の地区は「キャンティ・クラシコ」とあえて名乗ることになったという。
キャンティ・クラシコには3段階のレベルがあり、通常のものが「キャンティ・クラシコ・アナータ」で12ヶ月熟成。その上の段階の「リゼルバ」は最低24ヶ月熟成で、3ヶ月はボトル熟成。頂点に位置するのが「グラン・セレチオーネ」で、自社畑のブドウのみを使用し、30ヶ月以上熟成させ、3ヶ月ボトル熟成させる。
ワインではテロワールという言葉が重要だが、「テロワールというのは土壌や気候に限ったことではなく、作り手の共同体としての感性やセンスも表れるもの」と宮嶋さん。フィレンツェは貴族的で気位の高い人が多く、キャンティ・クラシコの造り手もフィレンツェの人が多い。だからこそキャンティ・クラシコにはあか抜けた雰囲気や優美さが感じられるという。
今回のマスタークラスは、ワインとテロワールの結びつきを明確にし、キャンティ・クラシコの中のサブゾーン、UGA(Unita Giografica Aggiuntiva ユニタ・ジオグラフィカ・アジュンティーバ)として今後認識されることになる11のゾーンの違いを学ぶもの。南北に広がるキャンティは、北は繊細な味わいで、シエナに近い南の方は粘土質が多くなり、南国風の味わいになる。
この中で特に味わい深かったのは北東にあるグレーヴェ地区、QuerciabellaのChianti Classico Gran Selezione Querciabella 2018。高貴でエレガント、柔らかく滑らかで、人生の深みを感じる味わいだ。こちらはビオディナミで醸造は近代的だという。
また、特に印象的だったのが、キャンティの中心地区であるラッダのワイン。Chianti Classico Gran Selezione Terrabianca 2019は、優美いで儚げな女性的なワイン。「ラッダのワインは陰影に富んだ魅力があり、イギリス人に好まれる。ワインを飲み込んでいる人がわかるワインだ」と宮嶋さん。一見一眼をひかず、儚げだけれども、何故か心を惹かれる女性のような魅力がある。タンニンも柔らかく、ほのかに紅茶や森の湿った下草の香りがする。わかりやすい感じではなく、儚げなエレガンスがなんともいえない、ウィーンの世紀末女性を思わせるワイン。
ひとくちにキャンティといっても、タンニンがだいぶ強いものから、儚げなニュアンスのものまで様々な味わいがあり、なるほどこれらをまとめてキャンティ・クラシコというのはちょっとキツイというのがわかる。時代とともにワインの好みも変わり、80年代のサンジョベーゼはもっとタンニンと酸がきつく、硬かったのだと宮嶋さん。当時は食べ物も全然違い、かなり焦げ目のついた肉を大胆に食べていたので、タンニンが濃いワインが合っていたそう。
キャンティ・クラシコのラベルにサブゾーンのUGAが記載されるのはおそらく来年以降になるだろう。同じ地区で同じ品種を80%以上使用してもかなり味わいの異なるキャンティ・クラシコ。UGAが表記されたらぜひ意識して違いを味わってみてほしい。
By Miki IIDA
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