カマンベールというチーズを聞いたことがない人は滅多にいないほど、日本でもその名は知られている。だが、実は「カマンベール・ド・ノルマンディ」だけが、ノルマンディ地方で育ったノルマンディ牛の生乳でつくられているのをご存知だろうか。フランスではカマンベール論争が始まっている。ワインやチーズのAOC(原産地呼称)を認定する機関のINAOは、国民的議論を呼び起こしている。カマンベールという言葉は、シャンパーニュのようにAOCとして法的に保護されていない一般名称だ。シャンパーニュの場合、フランスのシャンパーニュ地方でAOCの規定にのっとって造られたワインだけをシャンパーニュと呼ぶことが許されている。そのため、アメリカで同じブドウ品種で同じ製法で作ったとしても、「シャンパーニュ製法」と書くことはできても商品名を「シャンパーニュ」と名乗ることは許されない。しかし、カマンベールは一般名称であったため、アメリカ産やデンマーク産、十勝カマンベールも存在し、ノルマンディ産でも様々なものが混在し続けた。
フランスでは、チーズ業界世界一のラクタリス社や他のチーズ業者が、真にノルマンディ産ではないカマンベールを、ノルマンディで製造されたという名目で販売していた。これらの牛乳は殺菌処理されており、いつもノルマンディ産が使われているとは限らない。こうしたカマンベールの値段は本物の「カマンベール・ド・ノルマンディ」の4分の1であり、年間約6万トンもの量が生産されている。生乳でできている「カマンベール・ド・ノルマンディ」の生産量は5500トンと限られており、両者は数年前から法廷で争い続けている。
この状況に終止符を打つために、AOCの認定機関、INAOはカマンベールに対する新しい規定書を作成することにした。今後は殺菌された牛乳を使ったカマンベールもAOCとして認められることになるという。これは、生乳の使用によるリスクをさけたい大手チーズ業者には朗報だ。とはいえ、彼らはノルマンディで放牧されているノルマンディ牛の牛乳を使用することが義務づけられることになる。
生乳を使うカマンベールの生産者には「本物の(Véritable)」という、サン・テミリオンワインにおける「グラン・クリュ」のような表示がされる。一度こちらに認定されると、今後はノルマンディ産の生乳100%を使用することが要求される。多くの人々が、この表記によってカマンベールチーズ自体の価値があがることを願っている。
しかし、ミッシェル・ブラ氏をはじめとする偉大なフランス人シェフたちは、この新しいINAOの規定書と、カマンベールの牛乳の殺菌について反対する嘆願書に署名する行動を起こしている。彼らはノルマンディで放牧されているノルマンディ牛の価値が上がり、それが酪農家の支援につながることを忘れているのではないだろうか。